2011年11月28日月曜日

実ボクショーシショート(2) 「スパー天国」

長かったのか、短かったのか…。
どれだけ眠ったのか思い出せない。とにかく気が付いたら霧の中だった。

(ここは一体…?)

なんでもいいから視界になにかを入れようと、上半身を起こし周囲を見渡してみる。だが、全てが灰色でぼんやりとしている。壁も天井も、雲も地平線も何もない、遠近の概念すら感じられないただ灰色の世界…。

目をこすろうとして、はっとする。
両拳が赤いボクシンググローブで覆われていること、頭にヘッドギアを被っていることに気付く。
「どうなってんだ?」とつぶやこうとしたが、口の中のマウスピースにより、聞き取れるような発音にはならなかった。

(…これじゃまるでボクサーじゃないか!)

スッと立ち上がり、背後に目をやるとコーナーポスト。慌てて犬のようにクルクルまわると、4本のロープが張り巡らせてある正方形のステージ。みるみるボクシングの世界が君を取り囲んでいく。君はリングの上、青コーナーサイドに立っている。

心を落ち着かせようと努力する。ステップを踏んでみる、首を曲げてみる、ジャブを出してみる。慌てていた弱い心が、戦う男の覚悟に満ちていく。

(きっとゴングがもうすぐ鳴るんだろ?)

対角線の先に目をやると、君と同じ格好をした同じような男が君を見ている。

もうなにが起きたって驚かない。単にボクシングなんだ。日常の難しいことなんて考える必要ない。

ただ相手の拳を避けて、自分の拳を当てるだけ。いや、当てるだけじゃ終わらない。深く、できるだけ深く、めりこませるんだ…!

体の奥底からパワーが湧き上がってくるのを感じる。

この力で渾身の一撃を決めてしまったら、どんだけ深刻なダメージを与えてしまうのだろうか。逆に考えれば、自分がそれを食らう可能性だってある。

(ボクシングって恐ろしい競技だな…)

なんだかボクシングをずっとやってきたような、そんな気分になってくる。いや、ずっとやってきた。青春のほとんどを拳闘をして過ごしてきたじゃないか。

相手のフォームもなかなか様になっている。あのしっかり肘をたたんだフォームが費やしてきた時間を証明している。きっとなかなかやる相手だろう。
でも、同じサイズ、同じ人間。できることは相手も俺もきっと似たようなもんさ、限られている。この男と数秒後に拳を交えられるかと思うとワクワクが止まらない。

(さあ、早く鳴らしてくれ!)

さっきまで自分が学生服を着て教科書を開いていたのか、スーツを着てポケットから名刺を取り出していたのか、ハンドルを握って夜の街をぼんやりと流していたのか…。

どうだってなんだっていいじゃないか、さあ、実写でボクシング

カーーーーン!


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